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絶滅した熊への罪滅ぼし?短編集『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』の感想

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図書館で面白そうな題名の本を見つけました。

その名も『こうしてイギリスから熊がいなくなりました(原題:Bears of England)』

とっても謎めいたタイトルで、くま好きの読書欲を掻き立てられますね〜。

今回は、短編集『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』をご紹介します(`・(エ)・´)ゝ

『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』とは?

熊に捧げる8つの寓話集

『こうしてイギリスから熊がいなくなりました(原題:Bears of England)』とは、イギリス人作家 Mick Jackson(ミック・ジャクソン)著の寓話集。

2009年に初版発行され、日本では2018年に東京創元社から翻訳本が出版されました。

訳を手掛けたのは、翻訳家の田中志文(たなか しもん)さん。

イギリスで絶滅してしまった熊に捧げる8つの物語が収められており、英国らしい皮肉とユーモアがたっぷり詰まった大人のための短編集です。

あらすじは?

本書に収録されているお話は以下の8つ↓

  1. 精霊熊
  2. 罪喰い熊
  3. 鎖につながれた熊
  4. サーカスの熊
  5. 下水熊
  6. 市民熊
  7. 夜の熊
  8. 偉大なる熊(グレート・ベア)

夜中に森を徘徊し悪魔と恐れられていた「精霊熊」や、故人の供え物を食べ罪を引き継ぐ「罪喰い熊」

人々の享楽のため犬と闘わせられる「鎖につながれた熊」に、酷い扱いを受けていたサーカスから逃げる「サーカスの熊」

ロンドンの下水に閉じ込められ労役を課されていた「下水熊」など・・。

やや物々しい雰囲気のタイトルが目につきますが、ストーリーも同様にダークで残酷な描写が多いのが特徴です。

作者はどんな人?

作者は、イギリス人作家の Mick Jackson(ミック・ジャクソン)

1960年、イギリス生まれ。20代の頃はアメリカのロックバンドで活躍していたという異例の経歴を持っています。

短編映画の監督・脚本の経験を経て、1997年に『穴掘り公爵(原題:The Underground Man)』で作家デビュー。

この作品で、イギリスの最高文学賞であるブッカー賞と、イギリスまたはアイルランド在住作家に与えられるウィットブレッド賞(現・コスタ賞)の最優秀処女作候補となりました。

その後、2002年に『Five Boys』、2010年に『The Widow’s Tale』を執筆しましたが、残念ながら日本では未翻訳。

著者の本で現在翻訳されているのは、デビュー作の『穴掘り公爵(原題:The Underground Man)』と、2006年に発表した短編集『10の奇妙な話(原題:Ten Sorry Tales)』、今回ご紹介する『こうしてイギリスから熊がいなくなりました(原題:Bears of England)』の3冊だけとなっています。

独特な挿絵が魅力

本書では、所々に物語のワンシーンを描いた挿絵が挟まれているですが、この挿絵がとっても魅力的!

どのイラストもダークで陰鬱な雰囲気を醸し出しており、この本の世界観によくマッチしているんです。

イラストを担当しているのは、イギリス出身の挿絵画家 David Roberts(デイヴィッド・ロバーツ)

クリス・プリーストリー著の『モンタギューおじさんの怖い話(原題:Uncle Montague’s Tales of Terror)』や、本書の著者作『10の奇妙な話(原題:Ten Sorry Tales)』など、70冊以上の挿絵を描いています。

また、サリー・ガードナー著の『火打箱(原題:Tinder)』では、イギリスの最も優れた絵本画家に贈られるケイト・グリーナウェイ賞にノミネートされる程の実力です。

イラストの趣は、『うろんな客(原題:The Doubtful Guest)』などで有名な絵本作家 エドワード・ゴーリーを彷彿とさせますね!

ちなみに、本書『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』の翻訳版と原書版は、中の挿絵は同じですが表紙のイラストが違います↓

翻訳版(写真左)の表紙も可愛いですが、原書版(写真右)のレトロな感じも渋いですね!

ストーリーにより深い味わいを与える、独特なタッチの挿絵を楽しめるのもこの本の魅力といえるでしょう。

感想

自由を追い求める熊に感動

『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』という意味深なタイトルから察するに、明るいストーリーではないだろうと予想していましたが・・。

案の定、イギリスらしい皮肉たっぷりでダークな物語満載の一冊でした!

語り口はやや回りくどく感じましたが、ユーモアを交えながら淡々と綴られる独特な文章にどんどん惹き込まれる!

魅力的な挿絵のおかげで、想像を膨らませながら読めるのもありがたいですね〜。

8つのお話が全て繋がっているわけではないのですが、どこかで共鳴しあっているようにも感じる、そんな不思議な印象を受けました。

前半の「精霊熊」「罪喰い熊」では、イギリス人がまだ熊に畏怖や崇拝の念を持っていた時代のお話が描かれており、中盤の「鎖につながれた熊」「サーカスの熊」「下水熊」にかけては、イギリスで熊がいかに酷い扱いを受けてきたかが綴られています。

個人的には6話目の「市民熊」で少し中弛みを感じたのですが・・、後半の「夜の熊」から「偉大なる熊」まで一気に駆け抜けてゆくストーリー構成は見事なもの。

勝手に恐れられ、虐げられ、時には称えられ、人間の身勝手な感情に振り回される熊たち。

それでも一心不乱に「自由」を追い求める熊の健気な姿に、くま好きとしては胸を打たれる思いでいっぱいになりました。

個人的におすすめな作品

8つの物語の中で、自分が印象に残った作品の感想(※ネタバレ注意!をご紹介します(`・(エ)・´)ゝ

「精霊熊」

電灯もランプもない時代。暗闇への恐怖が「精霊熊」のせいにされ、人々から恐れられていたというお話。

映画『ヴィレッジ』『ミッドサマー』を彷彿とさせるシーンもあり、序盤からミック・ジャクソンの陰鬱な世界観に惹き込まれます。

後味の悪い謎めいた終わり方も、不気味さが極まっていてGOODです◎

「鎖につながれた熊」

冒頭から、このような過激な文章から始まっている「鎖につながれた熊」。

これほどまでに読者を陰鬱な気持ちにさせる物語を持つ熊など類を見ないし、この熊ほど強烈な恥辱を人類に感じさせる哀れな存在も他にいはしない。

出典:『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』

かつてイギリスで流行した「熊いじめ」の歴史をモチーフにした物語です。

最初読んだ時「熊いじめとはフィクションなのだろうか?」と疑問に思ったのですが、これはイギリスで実際に行われていた娯楽だったというから驚き。

熊と犬を闘技場で闘わせるという残酷なショーの内容が事細かに描かれており、人間の身勝手さや傲慢さが滲み出る作品です。

「下水熊」

ロンドンの下水道に閉じ込められ、町の汚物や雨水を川まで流す労役を課せられていた熊の話。

テムズ川、グレイズイン通りなどの固有名詞に加え、どんよりとした暗〜い描写はまさにTHE 英国ミステリーの雰囲気!

当時の下水作業を担っていた労働者階級の人々と熊を重ねているのも興味深いポイントです。

偉大なる熊(グレート・ベア)

本書の最後を飾る、哀しくも壮大な物語。

闘熊やサーカス、下水道での労役に課せられた熊たちが、一斉にイギリスから逃げ出すラストは圧巻。

人間から酷い仕打ちを受けたのに、憎しみを持つでもなく、復讐をするでもなく、ただただ目の前にある「自由」を追い求め前進し続ける熊たちが描かれています。

何頭かが後ろを振り返り、冷たく残酷なイギリスに最後の一瞥をくれた。そしてまた前を向き、熊たちは漕ぎ続けたのであった。

出典:『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』

最後のこの文章からは、熊たちの「二度とイギリスには戻らない」という強い意志と、静かに燃える人間への怒りが感じられゾクッとしました。

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北海道でヒグマのマスコットが多いように、イギリスにもたくさん熊がいるからなのかな〜なんて思っていたのですが・・。

イギリスでは野生の熊はすでに絶滅しており、現在は生息していないんですって!!!

くま好きの身でありながら、私はこの衝撃の事実を今回初めて知りました・・。

本書の訳者あとがきによると、熊は食料や毛皮の材料として乱獲され、11世紀にはグレートブリテン島から絶滅したと言われているそう。

熊だけに限らず、その後もイノシシが13世紀に絶滅。同じ頃、イングランド王エドワード1世がオオカミの根絶を発令するなど、イギリスの狩猟の歴史は闇が深いようです。

(※これ以外にも、キツネ・牡鹿・ウサギなども狩り尽くし「現在イギリスでもっとも危険な動物は出産期の雌牛」と揶揄されるほどだといいます。)

また、娯楽による闘熊も盛んに行われ、すでにイギリスでは熊が絶滅していたにも関わらず、外国から熊を輸入してまで闘わせていたという過去も。

「闘熊(とうゆう)」とは?
ローマ時代から行われていた熊と熊、もしくは熊と人、熊と犬が闘う競技。イギリスでは、1183年に初めて開催され、以降王室がスポンサーとなり発展。17世紀には国技にもなっている。

いわゆる「熊いじめ」は19世紀に禁止されるまで、7世紀に渡ってイギリスで人気を博したブラッド・スポーツだったそうです。

現在のイギリスでは動物愛護精神が浸透していますが、かつては「闘犬」「ガチョウ引き」「鶏投げ」「狐潰し」「鼠いじめ」などなど・・(※ひどい内容なので、詳細を知りたい方は自己責任で調べてみてください…)、熊の他にも数々の動物を虐待してきた歴史があります。

このような経緯を知った上で本書を読むと、また違った視点から小説を楽しめるかもしれません。

なぜ著者のミック・ジャクソン氏が、過剰なまでにイギリス人を自虐的な存在として描き、徹頭徹尾クマに対し同情的な態度で描いているのか─。

初見ではここら辺の描写に少し違和感があったのですが、このような残酷な過去があったことを踏まえて読むと納得がいきました。

おそらく、著者は絶滅させてしまった熊たちへの贖罪と追悼の意を込めて、この作品を世に送り出したのでしょう。

イギリス人の手で熊を滅ぼした歴史を持ちながら、プーさんやパディントンのように可愛らしく熊を偶像化させ愛でることと、本書の著者のように絶滅させた過去を認め熊に捧げる鎮魂小説を書くこと─。

果たして、どちらが本当の「くま愛」なのか・・。そんなことを深く考えさせられる作品でした。

購入方法は?

短編集『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』の購入方法をご紹介します。

実店舗

全国の書店で購入できます。

ネットショッピング

Amazon Kindle楽天Yahoo!ショッピングでも購入可能です。

>>『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』の試し読みはこちら

まとめ

いかがでしたでしょうか。
ミステリーやダークファンタジー好きなら、お気に入りの一冊になること間違いなし!何度も何度も読み返したくなる、味わい深〜い短編集でした。

ビックリしたのは、やはり「イギリスに熊がいない」という事実・・。

熊いじめなどのブラッドスポーツの歴史は衝撃的でしたが、動物虐待の過去に真摯に向き合い、現在は動物愛護の先進国となっているイギリスにも注目したいところです。

幸運なことに、ヒグマやツキノワグマなど多くの熊が生息している日本。

近い将来『こうして日本から熊がいなくなりました』なんて哀しいタイトルの本が出版されることがないよう、熊と共存し尊重しあえる社会を築いていきたいですね!

以上、短編集『こうしてイギリスから熊がいなくなりました』のご紹介でした(´・(エ)・`)